ひばなーhibana to bloomー へようこそ

 

ひばなへようこそ。

 

ひばなのご紹介を兼ねてこの名前の由来をお話ししようと思います。

 

 個人的に「火花」を書かれた又吉さんのファンでもあるのですが、その発刊よりもずっと前に、おそらくカフェの名前としてひばなという名前とコンセプトができてました。

開けてみるとメッセージには共通点が多く感じられ、一層喜びと確信を強くし、又吉さんにも勝手に親近感を持っています。

 

「ひばな」は漢字で書くと二つあります。

一つは「秘花」、そしてもう一つは「火花」

 

まず共通する「花」とは。

 

世阿弥の風姿花伝にある花の意:人それぞれが必ず持っている色、良さ、個性、であり、槇原敬之さんの「世界に一つだけの花」の意でもあり、別の言葉でいうならその人らしさ、本質、本来の輝き、さらに言うなれば、それが何のためらいもなく気持ちよく発揮されている状態(flow)です。

 

もっとも自然に美しいこの花を咲かせることが自分を生きるということで、

そんな出会いやきっかけを一つでも多くご一緒できたらうれしい、という思いがあります。

 

 そして「秘花」。

ご察しの通り風姿花伝の一節、「秘すれば花」を象徴した造語です。

 ここで私が表したかったのは、「秘する、隠す」ということの前提と意図である「無常、更新」であり、さらには「サプライズ、想像だにしないドラマ」という解釈です。

秘すれば花、は隠してこそ価値がある、というのが一義的ですが、世阿弥は新鮮である事、タイミングよく思いがけないことの価値をいってます。

 

 わたし自身も「変わりたい」と思っていた時期が長くあり、今もその過程ですが、私たちは実際それこそ細胞レベルで毎日毎秒変わり続けています。

この変化し続けるというのは、無常ー森羅万象そうなのですがー過去の全てのリソースを活かしてこそのユニークな更新がされ続ける状態、ともいえます。自分の想像を超える更新を重ね、毎年同じようでいて違って咲く花の驚くべき美しさのごとく、その時々に最善最高の花を咲かせる、生きる歓びの姿と思うのです。

 

 そして「火花」。

人はだれしも心に火花を感じたことがあると思うのです。

しかも、何度も。毎日のように。

 

これ好き!これやりたい!これできそう!楽しい!うれしい!

 

でも大抵十二分に味わうことなく流しやってしまいます。

で?、時間ない、自信ない、お金ない、私にはムリ、

とあきらめてしまう。気づかないふりをしてしまう。

こんなに正直に本当の望みを伝えてくれているのに。

 

 それをしっかり

「そっか、私ずっとこれが欲しかったんだ。」と

「ありがとう、教えてくれて。」と

ちゃんと自分が拾い上げ抱きしめてあげる。

自分が、このチャンスを逃さない。その自分を自分が信じ尊重してあげることで、

この小さなspark(火花)は大きなfirework(花火)になり得ます。 

 

そして火花というのはひとりでに自分の力で起こるものではなく、何らかの刺激があって初めて起こるもの。

それはいつもそばにいてくれるあの人かもしれないし、偶然電車で見かけた中吊り広告かもしれない、

たまたま頂いたケーキかもしれないし、旅先で頬に触れた風や足元に寄せる波かもしれない。

周りの存在のおかげで火花が起き、花火となることができます。

その偶然のような必然を創ったあなた自身と存在してくれている周りへの感謝。

これは世界中、地球、を超えて宇宙、そして現在過去未来と縦横無尽につながる歓びでもあります。

 

We can bloom our sparks each other.

 

そんなすべての真実と信念を込めて、

そして一生これを共に体現し続けていきたい、

その誓いと喜びを込めて、

ひばな(英名:hibana to bloom)

としました。